読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

極彩色

語りたがり考察したがり、めんどくさいじゃにーずをたく

一日が経った

一日が経った。夜が明けたら何か新しいことが分かるかも、詳しいことが分かるかも、と思っていたけれど分かったのは「春コンが白紙になった」「KAT-TUNの解散の予定はないとしているが今後の話し合い次第」ということだけだった。朝起きたら全部悪い夢だったどころか事態が悪化した現実でしかなかった。

 

朝起きた時には悲しいしわけわかんないままだったけど涙はもう出なかった。けどZIPの山口くんやビビットの太一くんやevery.の小山くんのコメントにまた鼻がツンとしたしさっきまた昨日のべスアを見たらまた泣いてその後この件について書かれたKAT-TUNファンのブログを読んでまた泣いてた。もう何が悲しくて何が悔しくて泣いてるのかよく分からないけど4人、もしかしたらもう本当は3人と1人と書く方が的を得てるのかもしれないけど、の姿を見て、そして覚悟を決めたように怖いくらいいつも通りのKAT-TUNのパフォーマンスを貫く田口くんと全然いつも通りじゃない亀梨くん上田くん中丸くんを見ただけでなんかもう涙腺にきた。

 

私は昔から涙腺が固い方で、最近は歳を重ねたからかけっこう映画とかでもうるうるきたりするんだけど、アイドルの事で涙目レベルじゃなく本気で泣いたのはひみつの嵐ちゃんが終わる時以来の二度目だった。あの時は最終回エンディングのStill...とスタッフさんの愛のこもったアニメーションになんかこみ上げてきてちょっと泣いた。そして今回はあの時の比じゃないくらい長い時間泣いてる。聖くんの時も色々思うことはあったし落ち込んだし不安はあったし怒りもしたけど涙は出なかったのに。びっくりしている。

 

田口くんのことは結局よくわからなくて、近しい人の誰がコメントしても「驚いている」と言っていて、彼が何を考えてどうして大好きだった大事だったKAT-TUNを抜けるという選択しかできなかったのか全くわからない。もう、田口くんがどこかの国の王子様で30歳に王位継承のために国に帰らなきゃいけないからアイドル辞めなきゃいけないんだって言ってくれるのが今なら一番納得できる(真顔で言ってるの、笑うところです)。

 

今さっき、3回目に見たベストアーティスト、最初に見た時は亀梨くんがどうしようもなく心配だった。でも段々中丸くんがものすごく心配になってきた。表情がない。心がここにない、っていうか、あんなにひどい状態の中丸くんを見たことがない。もちろんつかえながら絞り出すようにコメントをした亀梨くんも、歌声が震えていた上田くんもそうだ。私はあんなにボロボロのKAT-TUNを見たことがない。私が見てきたKAT-TUNはいつだって美しく、どんな逆風が吹いてももう一度蘇る強さ、消えない灯火はずっとあった気がしたのだ。あの中で田口くんだけが本当に怖いくらいいつも通り爽やかでアイドルだったのに胸が潰される気持ちだった。4じゃなかった。あの瞬間KAT-TUNは決定的に3と1だった。もう戻れないんだと思い知らされた。

歌っている最中も田口くんだけが残酷なほどいつも通りだった。ビビットで出た太一くんとの写真もそうだ。彼は「来春まではKAT-TUN」という言葉を貫き通すつもりなんだと思った。いっそ嫌いになれたら責められたかもしれないけど、KAT-TUNの曲を伸びやかな歌声で歌い長い手足を大きく動かして豪快かつ綺麗に踊る田口くんは半年前東京ドームで見た大好きなKAT-TUN田口淳之介と1mmの相違もなかった。田口くんのダンスが大好きだった。もうKAT-TUNとしての未来を描くつもりのない彼が最後の瞬間まではKAT-TUNを貫こうと決めたのだろう固い意思が感じられて、いつもと変わらないそのパフォーマンスに安堵して苦しくて悲しくて酷で美しくて大好きでどうすればいいのか分からず涙だけが滲んだ。彼はこんなにも完璧に最後の日まではKAT-TUNを貫こうという意思があるのにどうしてこの選択だけは覆せなかったのだろう。

 

田口くんが4人のKAT-TUNがそこにいるのが当たり前じゃなかったのと同じように、KAT-TUNというグループがそこに存在することも当たり前じゃないんだと気付かされた。デビューしたからには当たり前だと思ってた、思わせてほしかった。でもギリギリまでずっと話し合いをしていた分、この先のことは多分本当にまだ何も決まっていないんだと思う。「春までは4人のKAT-TUNでやっていく」という保証の言葉は裏を返せば「春から先は何がどうなるかわからない」ということでもある。

 

ファン向けのコメントと、マスコミ向けのコメント、両方読んだ。亀梨くん、「残るKAT-TUN4人の時間を大切に」「今のKAT-TUNにできることを」と「今」についてしか言及しなかった。「時間を過ごして行きたい」ってそんな受動的な言葉、亀梨くんらしくなくて変に胸が騒いだ。何人になってもKAT-TUNでいるって言ってよ、これからも応援して下さいって言ってよ。生真面目で責任感が強い亀梨くんのことだから、全く何も先が分からない状態で無責任なことは言えないんだろうと思う。そう分かっていても怖かった。それがまだ亀梨くんが「言えない」状態にまでなっていることが怖いと思った。

「ファンの皆様にずっとKAT-TUNでいると約束したので、自分はファンの皆様が応援してくださる限りKAT-TUNでいたいと思っています」という上田くんのコメント、いる、じゃなくて、いたいと思っています、という言い方だったけれど今はそれで十分だった。上田くんはまだKAT-TUNを諦めようとしていない、それが分かっただけでも今は大きかった。そう言ってくれた勇気と覚悟に縋ってどうにか救われている。

 

数日前まで話し合いをしていた、という言葉に、私は20日のことを思い出した。「KAT-TUN4人がファミクラの関係者入り口にいた」という目撃情報。その日私はオタク友達と昼間ファミクラに寄った後ファミクラからそう遠くない渋谷のカラオケでquarterの映像を見てKAT-TUNの素晴らしさを語り合って、私が持参したシューイチ富士山旅やKAT-TUNの絶対マネたくなるTVの入口出口田口ゲームを見て笑っていた。多分KAT-TUNが目撃されたちょうどその頃は、同じくファミクラからそう遠くない渋谷の居酒屋で「KAT-TUNの春コンの日程早く発表してほしい!ツアーなら遠征もする!」「KAT-TUNの春コン、10周年だし見学とか後輩来てくれるかなぁ」なんて話に楽しく花を咲かせていた。ひどく残酷な話だと思う。あの時もう4人の未来は終わっていたかもしれなかったなんて。

 

3人がもう苦しいなら、3人で背負うには重すぎるなら、無理して続けろなんて酷なことは私には言うことはできない。それで3人が楽になるんならもういい加減解放する方がいいのかもしれない。

でも私はKAT-TUNの名前がなくなることが耐えられない。3人のKAT-TUNがどうなるかなんて想像もつかないし田口くんのいない3人のKAT-TUNを目にしたときどう思うか分からないけれど、KAT-TUNが存在しない2016年以降の未来を歩むことはもっと想像もつかない。

まだ先行きが全く分からないのならば、ここからの未来はこちら側の働きかけでほんの少しでも変えられる可能性があるかもしれないということでもある。ファンにできるのは声を届けることだけだけれど。「KAT-TUNが好きだ」「KAT-TUNが見たい」。微力かもしれないけれど、何もしないで春までの期間を呆然と見守っているよりもマシかもしれない。

とにかく、何が起きようと3人がどんな結論に至ろうと後悔しないように。春までKAT-TUNのファンとして駆け抜ける事しか今できる最大限のことは思いつかない。

 

広告を非表示にする