極彩色

語りたがり考察したがり、めんどくさいじゃにーずをたく

美しくありたければ強くあれ:「あやめ」について

こんにちは、NEVERLANDの感想記事を書いてから1週間足らずで「あやめ」をおよそ50回は再生している私です。

(NEVERLAND感想記事はこちら)

tk46.hatenablog.com

最近はNEVERLAND、QUARTETTOあたりを中心にNEWSを色々聴く日々ですが、コンサート終わってから2日くらいはあやめエンドレスリピート設定で聴いたりしてましたし、この約一週間は頭の中の2割くらいを常にあやめが占め続けていました。あやめこわい。(QUARTETTOといえばWonderがあまりにもかっこいいんですけど何で私は今までこの曲を知らなかったんだ!!!??少プレで歌った回録画見忘れてたと今更気付く…)

今年の楽曲大賞*1「あやめ」と「リメンバー」*2はもう私の中で投票内定ですありがとうございます。

 

あまりにも「あやめ」が好きすぎるので、感情の発散とみんなもおいでよあやめの世界ということで、何でこんなにハマったんだ?という気持ちを詰め込んだだけのブログを書こうと思います。

まず前提として、私には

・音楽的知識は皆無

・文学的知識も以下同文

加藤シゲアキさんのことも茶の間にわか程度の知識しかない

・コンサートも1回しか見ていなく、演出の記憶も曖昧な部分が多いので演出を絡めた考察はあまりない

ということを念頭に置いて頂けたらと思います。音楽的に・文章的にここがスゴい!という話もできませんし、これまでの加藤さんの歴史や思考を浚った考察もできません。ドにわかによるただ「ここが好きだよ!あやめ!」っていう話です。そんな感じで宜しくお願いします。

 

1.音の美しさと加藤さんの歌声

まずとにかく美しいんです、音が。

この曲に出会ったのがコンサート会場だったので演出でのライティングも影響しているかとは思いますが、この曲を聴いて私が思い浮かべる色は「透明度の高い紫或いは藍色」です。透き通った美しい紫~青のイメージ。歌詞の中にも「」という色が出てきます。楽曲の色のイメージというと一番最後にまた違う色が出てくるんですが、それはまた後程お話します。

この楽曲の雰囲気は、あえて例えるならばKAT-TUNの「Birds」「儚い指先」などの楽曲に似ています。私はこの2曲の雰囲気がものっっっっすごく好きで、昨年開催されたKAT-TUN楽曲大賞*3で私はBirdsのことを「まるで雨の夜にぴんと一本の糸を張ったような、儚く、繊細で、湿度のある、切なく美しい楽曲。」と表現したのだけれど、あやめにもそういう色を感じたというか…「どう表現すればこの美しさが伝わるのだろう」と語彙力の限界を感じながら私が言葉を尽くしたのがこのコメントなのだけど、あやめもどう表現すればこの美しさを伝えられるのだろう?と語彙力の限界を感じながらこの文章を打ち込んでいる。私の言葉なんかでは到底伝えきれないのは承知の上で、でも言葉を尽くして語らずにはいられない。

Birdsが「雨の夜」なのだとしたら、私の中のあやめのイメージは「俄雨の夕方」とでも言いましょうか。強い雨じゃない、小さな雨粒がしとしとと降っているイメージ。気付いたらじっとり濡れている感じの雨です。でも長雨でもない。

と、ここまで書いたところで加藤さん本人によるライナーノーツ*4を読み返してみたところ、序盤のキーワードのひとつはやはり「雨」だったようで、作者本人と解釈が一致していたようで安心しました。

 

イントロなしでいきなり歌い出しという構成も一瞬で心を掴まれる。加藤さんの声がまた効いています。きれいなだけじゃないかっこいいだけじゃない、本人曰くドライな声質ということなんですが、加藤さんの歌声には「人間」「生」の色がある気がしています。

これは上手いとか下手とかそういう意味では全くなくて、加藤さんの歌声って「人間らしい」と感じるんですよ。私が加藤さんの歌声を最初にいいなと思ったのはKAT-TUN×NEWSコラボの少プレでNEWSがReal Faceを歌った時なんですけど、その時KAT-TUNのゴリゴリの曲調に加藤さんのざらっとした歌声がすごく合ってる!と興奮したんです。まだ私がNEWSで加藤さんを気にし始めるより随分前でしたが一番印象に残ったのが加藤さんの歌声でした。(余談ですが、なので加藤さんにはずっとKAT-TUN系楽曲を歌ってほしいと外野ながら思っていて、ゴリッゴリのBLACK FIREの加藤さんのソロパートを聴いたときはキタアアアア!!!!と大興奮しました)

そんな「人間」や「生」を剥き出しにしたような加藤さんの歌声で歌うからこそ、私はあやめにこんなに惹かれたんだと思っています。加藤さんの歌声だからこんなに泥臭くて人間らしくて愛さずにはいられない美しいあやめになったんじゃないかなあ。

 

歌い出しが終わって、一瞬の無音の後に静かに音が始まるのもニクい。Bメロの「あぁあなたの~」の前にドンドン!って力強い音がアクセント的に加わるのも完璧かよ…!って思います。あやめのまた狡いところはここで、繊細で美しいだけじゃなくて力強いんですよ。でもただ力強いだけじゃなくて優しい強さです。これは歌詞についてもそうなんですが。

サビもまた印象的です。ライナーノーツで、サビをキャッチーにしようという意識を今回は極力なくそう、自分の中の芸術観を全部ぶつけようという意識で書いた曲であるということが書かれていましたが、この曲のメロディラインは本当に美しい。サビで無理やり盛り上がるでもなく、美しく流れるような揺蕩うようなサビ。流れる、ということは、聞き流す、という意味では全くありません。サビはキャッチーであれ盛り上がる箇所であれという意識を排除されてつくられたこの曲のサビは、この楽曲の全体を柔らかく包み込んでいるかのようでした。

ちなみにサビは低い音とファルセットを重ねて録音したとのこと。重なった歌声がこのサビの柔らかさをさらに膨らませているのかもしれないなぁと。

 

2番からはコーラスも入ってきます。このコーラスがまた美しい。あやめの芸術作品と形容することが相応しいような美しさはコーラスの美しさによって更に高まります。アイドル楽曲を批判するわけでは全くないのですが(アイドル楽曲にはそれの良さがあるしアイドルっぽい曲は私自身も好きなので)、この楽曲の芸術性についてはアイドル楽曲の域を遥かに超えていると思う。ジャンルを彼方まで飛び越えてる。

 

この曲では意外とピアノの音が使われていないんですが、大サビ前にそっとピアノの音が挟まれます。ぽつりぽつりと雫が落ちてくるかのような繊細で美しいピアノの音色がまた良い…!!

そして大サビでは、歌詞はこれまでとほぼ同じですが、音程が少しだけ変わります。大サビで音程が変わるというと音が上がるというのが一般的だと思うんですが、あやめの場合は下がります。でも音が下がる=盛り下がるという訳では決してなくて、最後のサビで音を落とすことによってこのあやめという世界が地に足がついたというか、大地のような広がりを感じるというか、こう、うまく表現できなくてもどかしいんですけど!!!私はあやめと加藤さんの歌声についてここまで何度も「美しい」と同時に「力強い」「人間くさい」と表現してきましたが、そのどちらもを感じるのが大サビのキーです。ライナーノーツでの言葉を借りるなら「熱を帯びる」ということなんだと思います。

「だから僕は生きていく」という歌詞がサビの中にありますが、キーが変わるだけでその歌詞の印象は変化します。最初のキーでの「だから僕は生きていく」は美しい世界の中で揺蕩うような印象を受けますが、大サビのキーでの「だから僕は生きていく」は美しい世界の中で自分の足でしっかり大地を踏みしめながら歩いていくかのような。まさに、コンサートで加藤さんが裸足でゴンドラの脚を駆け上がった姿のようなイメージです。私は大サビのこのキーが大好きです。

 

最後の「虹を歩いてく」の部分は音数が少なく加藤さんの歌声が強く心に響きます。この曲、イントロもアウトロもないんですよ。余分なものを省く潔さとそれにより強調される加藤さんの歌声、前述した加藤さんの声質によって生きてくる「あやめ」の世界観とメッセージ性がガツンとド直球でくる。この構成は改めて天才的だなと思います。まさに、芸術、であると思います。

 

しかしこれを作曲したのが他でもない加藤シゲアキさんだなんてもう本当にびっくりした。私の中でジャニーズの作詞作曲の天才は安田章大さんと上田竜也さんあと錦戸亮さんだと思っていたけどそこにもう一人加藤シゲアキさんが加わった。

 

2.歌詞が美しい

「決して空想 夢想の彼方 今だけはそばにいて 離さないで」

この曲は加藤さんのほぼアカペラによるこの歌詞から始まります。もうこの時点で、一瞬で心を持っていかれた。加藤さんがこんなに美しくロマンチックな歌詞を書くなんて聞いてない!!!

 

加藤さんが自分のソロを作詞していることは私の中でなぜか当然のことのようになっていました。確かヴァンパイアはかく語りきの時にはもうその意識はあったんだよな~。多分TLでの楽曲の感想とかを見てたから…。あと作家先生だしやるんだろうな~と思ったんだと思う。(逆になぜか作曲もしてるって発想は全くなかった)(楽器のイメージがなかったからかもしれない)しかし私にとっての加藤さんの文章=読了済の長編三作*5とシゲアキのクラウドのイメージしかなくて、ヴァンパイア~もタイトルからして厨二だからそういう小難しい系統が得意なのかと思っていた。から、加藤さんがこんな歌詞を書くんだという…衝撃がすごくて…。

サビの「~今だけはキスしてよ」という歌詞にもギャーッってなりました。加藤さんのアイドルさに激弱です。

 

「あやめ」の歌詞は美しいですが、流れるような美しさだけではなくて、聴いていてひっかかる単語や言い回しが多いです。ひっかかる、は悪い意味じゃなくて、印象に残ってハッとするような、ということです。

例えば最初に挙げた「決して空想 夢想の彼方」というところもそうです。「決して」って単語の強さとその後に続く言葉のふわっとした感じの対比が面白いからかなぁ。あと「時のまにまに」「幼気な」という言い回しの小難しいけど美しい感じだとかも印象的です。「紙で切れた指先のように~それでも前向いて歩こうや」のところもとっても好き。

「紙で切れた指先のように 伝わらない痛みを忘れないように」という比喩表現は流石作家だなぁと思いました。痛み、っていう単語だと色んな痛みをそれぞれに思い浮かべると思うんですけど、紙で切れた指先、伝わらない痛み、って言われると「痛み」の度合いが実感を伴ってむちゃくちゃわかるんですよね。紙で切れた指先って地味に痛いしでも伝わりづらいし一見見えづらいけどスパッといった感じがもう…あー思い出すだけで痛い…笑 そういう微妙な感覚を的確に伝える上手さたるや。

 

「空から落ちる蜘蛛の糸~」から2番サビ手前までは語りのような形になります。歌詞も全体的に美しいこの曲の中で「泥臭さ」「人間臭さ」を象徴するような箇所で、ものすごく印象に残ります。

「空から落ちる蜘蛛の糸 んなもんいらねぇ飛んでやらぁ」

私はコンサート会場でこの歌詞・曲・演出*6・加藤さんの歌い方(語り方)に心臓掴まれて完全にあやめに陥落しました。この部分の感想はNEVERLAND感想記事でも書いたので被るんですけど、んなもんいらねぇ飛んでやらぁ、って裸足でゴンドラを駆け上がる加藤さんの姿があまりにも衝撃でした。「あやめ」の曲に吹き込まれた強さは、きっと加藤さん自身の強さであると感じました。あぁ本当にかっこよかった、強い姿だった。

余談ですが私は櫻井翔のラップを聴いて10代後半を過ごした人間なので、こういう類の反骨精神や強さにめちゃくちゃ弱いです。Hip Pop Boogieの「大卒のアイドルがタイトルを奪い取る」「温室の雑草がマイク持つRAP SONG」やRe(mark)ableの「兎よりもカメ進む猛追」「研いだ爪隠し牙を剥く 予報士たち堪え俯く」とか皮肉や反骨精神バリバリで有無を言わせない強さを纏った翔さんのラップが最高に好きです。

だいぶ話が逸れた。

最後の歌詞が「虹を歩いてく」というのもすごく素敵です。雨がしとしとと降っているかのような最初の雰囲気から、熱を帯びる中盤、最後に雨が止み虹が架かる。

この「虹」は「多様性」の象徴であるとライナーノーツでは語られています。この件に関してはさらに次の項へ。

 

 

3.歌詞に描かれた「多様性」

この楽曲のテーマのひとつは「多様性」であると加藤さんはライナーノーツで語っていました。歌詞の最後に出てくる「虹」はその象徴的存在です。

「青と藍と紫のボーダーライン 見極めるなんてできないんだ」という歌詞がありますが、コンサートが終わってライナーノーツを読んでここの歌詞にむちゃくちゃ合点がいきました。青と藍と紫のボーダーラインを見極めることができないこと、ものごとはグラデーションになっているということを知ることこそ、多様性を理解する第一歩なんじゃないかと思うんです。

 

「あやめ」についての感想を見ていると、「私の為の歌のように感じた」と語っていた方を何人も見かけました。

多分、「あやめ」って、「あなたのためだけの歌」に成り得る歌なんだってこの曲で描かれる多様性について考えていて思いました。面白いですよねこれって。でも、「あやめ」は、聴いた人一人一人に寄り添える歌なんだと思います。

 

「あやめ」は、肯定をしてくれる歌です。世の中の色々なところに、見極める事のできないボーダーラインは転がっていると思います。私たちは日々色んな自己認識やレッテルを背負いながら生きています。「あやめ」はそんな自己認識やレッテルを全て剥がして、「他の何でもない、あなた自身であること」そのものを肯定してくれる歌のように感じました。

現実って、息苦しい。私みたいな人見知りコミュ力0ひねくれ者は特にそうです。

NEVERLAND=理想郷=多様性、というところからこの楽曲の着想を得たと加藤さんは語っていました。

「あやめ」は何も否定しません。多様であることを肯定する世界、自分が自分であることについて否定がされない世界。現実の息苦しさから解放される。美しい世界、まさに理想郷だと思います。

 

でも理想郷には、きっと強さが必要です。ここでもう一度語りたいのが「美しさ」と「強さ」。もう何度も語ったワードです。もう少しだけお付き合いください。

「never give up, beautiful world」

「消して嘘 感傷よ放て」

多様性について考えた時、印象に残ったのはここの歌詞でした。

美しい世界を諦めない。嘘を消して感傷を放て。「あやめ」は美しいだけじゃなくて、人間くさくて強い歌です。美しい世界を諦めない強さがあるからこそ、理想郷は生まれる。嘘を吐かなくてもいい、感傷も吐き出していい、と言われているように感じました。美しい世界を諦めない為の強さ、それこそがあの時東京ドームの真ん中で白い旗を掲げた加藤シゲアキさんという人の人間くさい強さなのではないか。

 

「世界は心の奥底にある だから僕は生きていく」

この歌詞なんですが、世界は私たちの心の中に存在するものなんだ、ってことなのかなぁと感じました。つまり、「世界」っていうのは我々の外側にあるものじゃなくて、我々が勝手に内在化しているもの。世界のボーダーラインを勝手に見極めようとしているのは私たち自身であるのかもしれません。私たちの心の奥底にある世界をもう一度見つめ直すことで、世界は美しいものに変わる可能性を秘めている。なんてこの詞を聴いて思ったりしました。

 

 

以上で「あやめ」の感想を終わります。

ここまで実に7,000字オーバー、この記事の執筆にあたって延々と「あやめ」をリピート再生していたらもうすぐ再生回数が90回に届きそうです。ワーオ…。

とはいえ「百聞は一見に如かず」という言葉の通り、私がここでいくら拙い言葉を振りかざそうと伝わるものはほんの少ししかないと思います。聴くのが一番早い。

 

「あやめ」がこんなにも美しく強く人の心を打つ作品となったのは、加藤さんだったから、だと思います。勿論他の人がカバーすることはできるし、他の人がカバーしたらまた新たな魅力も生まれるかもしれない。ただ、この楽曲が持つ真価は加藤さん自身の歌声と表現力があったからこそだと思っています。強く在るからこそ美しいこの曲は、加藤シゲアキという表現者によるひとつの芸術であり、聴いた人を柔らかく包み込む優しい楽曲でありました。

 

 

*ちなみにタイトルですが、ポルノグラフィティの「2012Spark」という楽曲の歌詞の中にある『優しくありたければ強くあれ』からもじらせて頂きました。この歌詞のこと、今まで実感を伴って理解することができていなかったんですが、今この一文を読んで加藤さんのことを思い浮かべています。

 

*1:毎年好きな楽曲に投票して皆で一年のジャニーズ楽曲シーンを振り返る非公式のファン企画「ジャニーズ楽曲大賞

*2:A.B.C-Z5周年記念シングル「Reboot!!!」通常盤に収録されているドチャクソかっこいいロック曲

*3:前述したジャニーズ楽曲大賞のスピンオフ企画

*4:ジャニーズウェブにて連載中の「シゲアキのクラウド」にて掲載されたNEVERLAND楽曲ライナーノーツ

*5:ピンクとグレー、閃光スクランブル、Burn.

*6:ゴンドラの脚を駆け上がる