「叶えられるよ 僕らは」――ABC座 ジャニーズ伝説2019

今年のジャニーズ伝説は、ジャニーさんがいなくなった世界で初めての上演となった。

今年で五度目となるこの「ジャニーズ伝説」という演目はジャニーさんと深い関わりがある。なぜかって、この作品はジャニーさんが初代ジャニーズと過ごしてきた軌跡を、主にジャニーさん、そして初代ジャニーズのメンバーであったあおい輝彦さんの話をもとに作り上げた、実話を基にした作品であるからだ。

今回のジャニーズ伝説でこれまでと異なる点として掲げられたテーマは、「未来」だった。

 

 

フィクションの要素も多少盛り込まれていた2013~2014年のジャニーズ伝説と比べ、2017年~2018年のジャニーズ伝説はより事実に近づけて制作され、その当時を見てきたジャニーさんからも「僕から見ても嘘のない作品」と言わしめるまでの完成度だった。初代ジャニーズとジャニーさんの軌跡を丁寧に描いたこの2年間のジャニーズ伝説は、ひとつの到達点に達していたのではないかと思う。

その地点からまた新たに作り上げるとなるとどうするのだろうかと思っていたが、今年の彼らの選択は「ジャニーさん役を出さない」ということだった。

昨年までは戸塚くんがジャニーさん役を演じていた。それは明確にやろうと言ったというよりは、悪ふざけのようなところから始まったらしい。今年「ジャニーさん役」をつくらずに物語を再構築した彼ら。河合くんはジャニーズ伝説2019開幕直前のスポーツ紙の取材にこう答えている。

「ジャニーさんって、どこかファンタジーの人。本当にいるのかいないのか不思議な存在だったのが、お亡くなりになったことで、みんなが『ジャニーさんっていたんだ』ってなった。だからこそ、ジャニーさんを登場させるのはリアルすぎるんじゃないか」

(スポーツ報知 2019年10月4日)

 

今年のジャニーズ伝説ではジャニーさんの代わりに、ストーリーテラーの戸塚が小さいJr.たちに向けて初代ジャニーズの物語を語るという形で、物語を補足しながら進行していく。

一幕。事前の触れ込み通り本当にジャニーさんは舞台上に現れることはなかった。しかし全くその存在が消されているわけではない。

ジャニーさんが初代ジャニーズの側に存在しているのだと感じられる箇所は三点。野球チームの名前を決めるシーンであおいが「監督の名前を取って“ジャニーズ”っていうのはどう?」と提案するシーンと、ジャニーズがバックダンサーとしてテレビ出演した際「彼らにスポットライトを当てるな」と彼らの事務所の社長から指示されているとテレビ局のスタッフが話すシーン。ジャニーズがアメリカに行きたいと言い出した彼らが社長に許可を取りに行くシーンだ。(このとき彼らは「ジャニーさん」ではなく「社長」と口にした。「ジャニーズ伝説」パートの一幕の中で「ジャニーさん」という名前は一度も出てこなかったはずだ)それ以外は、昨年までのジャニーズ伝説ではジャニーさんが登場したりジャニーさんが発案したりしたことの多くは初代ジャニーズのメンバーが自ら発信して動く形に変更されている。

昨年までの描かれ方が「真実に限りなく近い描かれ方」であるならば、そういう点で今年のジャニーズ伝説は(大筋は同じだとしても)完全なる「正史」とは少し離れてしまったのかもしれない。また、昨年までお茶目に時に初代ジャニーズのメンバー以上にはしゃぐくらいに舞台上を飛び回っていた戸塚くん演じるジャニーさんがすごく好きだったので、見られないのは単純に寂しさもある。

けれど、私は今年のジャニーズ伝説も好きだと思った。すごく「ジャニーズ的」であって、ジャニーさんの在り方を見てきた彼ららしい、彼らが今だからこそこう舵を切ったのが分かる気がした改変だった。

昨年までが「初代ジャニーズとジャニーさんの冒険」だったとするならば、今年は「初代ジャニーズ」の冒険だった。

 

 

始めて「ジャニーさん役」が登場したABC座ジャニーズ伝説2017を観た後、私はブログに「戸塚くんが演じるジャニーさん、我々はジャニーさんに会ったことがないはずなのに「ジャニーさんだ…!」って思えるのが面白い」と書いた。

tk46.hatenablog.com
そう、我々はジャニーさんを「知っている」。存在したこと、どんな人だったか、知っている。何度も何度も彼らから話を聞いた。だから我々ジャニオタは勿論、それほどでもない人もある程度ジャニーさんがどんな人なのかと聞かれれば共通イメージが存在するのではないだろうか。

でも考えてみれば我々はジャニーさんに「会ったことがない」のだ。(一定数、姿を見たことがある人はいるかもしれないが)この目で見て、実際に会って話して、人柄を知った人は、我々のようなジャニーズではない一般人、つまりジャニーズ伝説の「客席にいる人々」の中に一体どれだけ存在するだろうか。きっとほぼいないのではないだろうか。

 

また、今回のジャニーズ伝説の中では基本的には最大限「初代ジャニーズのメンバーがものごとを決めて自ら動いていく」ことで物語が展開していく印象がより強くなっている。エンターテインメントをやろう。アメリカに行きたい。勿論これまでのジャニーズ伝説でもすべて初代ジャニーズのメンバーの意思がきっかけではあるが、きっかけから方向性の決定、決断、社長への交渉まで全て彼らが能動的に動いていくのが今作だ。

ジャニーさんは基本的には本人たちの意思や挑戦心を大事にする社長であったと、ジャニーズタレントの面々の話を聞いていると思う。「Youやっちゃいなよ」という言葉はあまりにも有名だ。(勿論ジャニーさんや事務所から本人たちの意思に反した決定事項が下されることも多々あっただろうけれど、しかしJr.になったばかりの橋本くんが歌が好きだと知るとそのままレコーディングに連れて行き直後の収録でマイクを持って歌わせてくれるなど、本人の中にある芽を大事に育ててくれる方針はきっと大きくあったのだと思う)

「自分たちの意思で道を切り開き大きな世界へ冒険していく」ジャニーズ事務所のタレント=初代ジャニーズと、「見えないけど存在している」「存在は知っているけど姿を公の場に現すことはほとんどない=ほとんどの人が見たことがない」ジャニーさん。その姿は、今回のジャニーズ伝説と現実の世界で共通しているように思えた。

つまり、今回のジャニーズ伝説の描かれ方は「我々が見てきた、提示されてきたジャニーズの世界」であるように思えたのだ。

 

そういう意味で、私は今回のジャニーズ伝説は非常に「ジャニーズ的」であると感じたし、そういう形をつくりあげてきたジャニーさんの意思を汲んだ形なのだと思った。

去年まではジャニーさんと一緒に冒険していた初代ジャニーズが、今年はより強く自分たちの意思で道を切り開いていく。そういうメッセージの色が強くなった今年のジャニーズ伝説。今、そういう形で描くことにした彼らが好きだと思う。

 

 

今作ではストーリーテラーが登場することによって、物語=初代ジャニーズのいる時間軸と「現実」=ストーリーテラー・戸塚と子どもたちがいる時間軸(役と台詞を纏っている以上100%の現実ではないから、これはカッコ付きの「現実」である)の二つの時間軸を行き来することになる。またストーリーテラーによって語られること、ジャニーズ伝説部分の短縮によって削られたり変更されたりした箇所も多々あり展開が高速化、それによって初代ジャニーズの物語が「物語的」にも感じたというか、まるで小説を読んでいるかのような、ひとつ線が区切られたような感覚もある。昨年までのジャニーズ伝説に慣れていることもあって、それを淡泊だとも感じてしまうかもしれない。しかし、多分それはそれでいいのだろうと思った。

何故かって今作のテーマは「未来」だ。これまでの歴史を丁寧に描写する、伝えることも大切だしそれがジャニーズ伝説の役割のひとつでもあるが、これまで描いてきた「初代ジャニーズの物語」だけではなく、そこから「未来を描く」ことが今作の一番の軸であるならば、むしろ過去に100%の重点を置かないような今年の作りに納得した。

 

初代ジャニーズが解散を決めた後、こどもたちが「解散なんて嫌だよ」「どうにかならないの?」とストーリーテラー・戸塚に訴える。それに対して戸塚は「“どうにかならないの”?面白いことを言うね。これはもう過ぎていった時間なのに」と、どこか突き放すようにさえ聞こえる声色ではっきりと言う。ここまで楽しげにノリよく初代ジャニーズのものがたりを語ってきた彼のこの言葉と声色が印象深い。ハッとさせられた。「これはもう過ぎていった時間」なのだ。

私たちはこの作品を通して初代ジャニーズの日々を追体験した。そしてこれまではその時間軸に没入する形でつくられてきた。

何度もの再演を経ていくらか脚本も変わっている。しかし何度公演をしたって初代ジャニーズの解散という選択が覆ることはない。これは私たちが変えることのできない過去だからだ。

この台詞について考えるとき、やはり今作で重点が置かれているのは変えることのできない「過去」そのものよりも「そこを起点として描ける未来につなげること」なのではないか、という気持ちがより強くなる。

 

解散を決めた初代ジャニーズについて、「誰も開けたことのない扉を彼らは開けたんだ」「誰にも責める権利なんて無いさ」ということをストーリーテラーの戸塚は口にする。(すみません、細部までは記憶できていないので表現が違ってもご容赦ください…)

ジャニーさん役の不在によって変わった台詞は多くあるし、この台詞も語り手の立場が変わったことで視点や表現は多少変更されている。勿論語り口も立場が変わったことで変わっている。しかしその語り口の根底に流れる穏やかな力強さは、昨年までこの台詞を語っていた「ジャニーさん」を思い出させるものだったように私は感じた。私はこの台詞がジャニーズ伝説の肝の一つであると思っているから、この台詞を役が変わっても残した彼らの意思が嬉しかったし、ジャニーさんではないストーリーテラー・戸塚がこの言葉を言う事に違和感のある人もいるかもしれないが、私は変えなかったことに意味があると思っている。

ジャニーさんはこの舞台上に現れない。現実の世界にジャニーさんももういない。その台詞を口にしてくれる人はいない。だけど、この台詞は2019年の10月も生きている。それは、ジャニーさんの意思をジャニーさんではない人物が、「ストーリーテラー・戸塚」が、ひいてはこの舞台の座長であるA.B.C-Zが、同じ意思と同じ血をもって受け継いでいるということであるからだ。

 

一幕の最後の曲はオープニングを飾った「We're ジャニーズ」を歌った時と同じ衣装で、A.B.C-Z初代ジャニーズの幻の楽曲を受け継いだ「Never My Love」。

初代ジャニーズは解散し、ジャニーさんもこの世を去った。けれど彼らが蒔いた種から巨木へと成長したジャニーズ事務所は続いていて、その「ジャニーズ」の名を背負って、ジャニーズの「未来」を作り上げる志を持って、A.B.C-Zは種だった彼らから受け継いだこの曲を歌う。メンバーカラーのキラキラの燕尾服を翻らせて、照明を浴びながらステージの上で全力で歌い踊る姿が美しくて、そんなA.B.C-Zの姿に胸がいっぱいになった。

ちょっとここはうまく言葉で表現できる気がしない。でも私はこの一幕の最後を見て確かに“未来”を感じたのだ。言い換えるなら、“希望”や“光”みたいなものかもしれない。でもきっと、それらの言葉よりも確かで頼もしいものだ。

 

今作のパンフレットで「あなたにとってジャニーズとは?」という質問があった。

橋本くんは「家族」と答えた。ジャニーさんは父親、だという。

戸塚くんは「血」と答えた。

この記事を書きながら、その回答が何度も頭に過ぎっている。

 

あまりにも完成度の高かった2017~2018年。そこからのこの形は、戸惑う人も多かったように思う。私も最初は少し戸惑ったし、どういう形になるのかと不安も少しだけあった。ジャニーさん役の不在はやはり寂しかったし、「初代ジャニーズの物語として」心に深く刺さって客席で涙したのはやはり昨年までの方が大きかったところもある。

けれど考えれば考えるほどに今作は2019年だからこそ描きたかった、彼ららしい、彼らのジャニーズとしての“血”とジャニーさんの“子”であること、彼らのジャニーさんを尊重し慮る気持ちとジャニーさんの意思を継いでいくという意志を感じたジャニーズ伝説で、私は今年のジャニーズ伝説もやっぱり好きだなあと思った。

 

 

二幕はジャニーズヒットメドレー。ジャニーズ大好きジャニーズが今や代名詞となった、河合くんセレクトによる名曲揃いのメドレーだ。そこからのABC座メドレー(ここも本当に熱かったのだけれど今回の記事で書きたい本筋からは離れてしまうので割愛する。とにかくまた日生でプラネッツと応援屋に会えて本当に本当に嬉しかった)、久しぶりに出会えた巨大装置5Star、そしてジャニーズ伝説2019の最後の曲として歌われたのは、この舞台のためにKinKi Kids堂本剛さんが書き下ろしてくれた楽曲「You...」だった。

この曲は「You... 愛してるよ」という歌詞から始まる。まるでジャニーさんがジャニーズタレントたちに語りかけてくれるような歌詞だ。そしてこの楽曲では、誰も立っていない場所、A.B.C-Zが囲んだその真ん中にピンスポットが当てられる。それは舞台上で明言されたわけではない(ワイドショーなどでは既に言われているが)が、その光はきっとジャニーさんだ。

今作の中で「存在するけど舞台上にいない」という形で、あくまでも主役はタレントたちであり、もっと言えば重点が置かれていたのはジャニーズタレントと彼らが作り上げる「未来」であった。だからこそ描かれてこなかったジャニーさんが最後のこの曲で「存在」を象徴的に描かれる。

一幕でジャニーさんが登場しなかった、ジャニーさんがある種どこかファンタジックなままの存在だったからこそ、この演出が生きてくる。

言葉にはしない。だけど今だって、彼らの真ん中にいる光だ。

 

パンフレットの「あなたにとってジャニーズとは?」という問いで、塚田くんは「光」と答えた。

人に光を与える存在であり、自らも光っていきたい。ジャニーズ自体が光っている存在であり、ジャニーズでいることは光に向かっていくことではないか。そして、ジャニーさんが自由にやらせてくれること、正解がないのも光に似ている。そう言っていた。

この回答がこの演出を意識したものであるのかは全く定かではないけれど、私がこの演出について考える時、この回答が頭の中でずっと巡っている。

 

この舞台に出演するJr.について、「今年の夏に入ったばかりのJr.の子もいる」「ジャニーさんに会ったことがない子もいる」と舞台が始まる前A.B.C-Zは言っていた。
この舞台にはジャニーさんを知らないこどもたちも出演している。これからどんどんそういうJr.は増えていくのだろう。そういうこどもたちが、きっとこれからのジャニーズを繋いでつくりあげていく。

ストーリーテラー・戸塚は小さいJr.たちに初代ジャニーズの物語を語る。ジャニーさんとずっと近い距離で走ってきたA.B.C-Zが、ジャニーさんを知らないこどもたちと一緒にジャニーズ伝説という舞台を作り上げる。ジャニーズの“血”はこうやって脈々と受け継がれていくのだと思う。ジャニーさんがいなくなった今、その“血”を直に受け継いだ彼らがジャニーさんに代わって次に繋げていく。

 

2019年の今だからこそ、この形のジャニーズ伝説だったのだと思う。未来へと向かうジャニーズ伝説だった。

過去に留まるのではない。今だけを見るのではない。初代ジャニーズとジャニーさんを起点としたこの巨木を、今度は彼ら自身の力で、その“血”をもって守り育てていく。

今年のABC座はひとつの舞台としての上質なエンターテインメントであると同時に、ジャニーさんと全世界に向けての覚悟と決意表明であったのかもしれない。私にはそう思えた。

 

 

私は「You...」を歌い踊る塚田くんが大好きだ。「You...」を歌い踊るA.B.C-Zが大好きだ。

この曲を歌う彼らは真剣で真摯だが、決して悲壮感は漂っていない。まっすぐに舞台の上に真摯に立ち、いつの公演でも全力で丁寧に。そして私が強く印象に残っているのは、最後塚田くんが笑顔で歌っていたことだ。A.B.C-Zみんなが力強く歌い踊って、最後、笑ったり、Jr.たちと肩を組んだりしている。

 

昨年のジャニーズ伝説の最後は、初代ジャニーズとジャニーさんが楽しそうに笑い合っている姿で終わっていたのだが、その案は戸塚くんからだったという。しんみり終わるよりも、明るいけれどジーンとくる終わり方にしたいと。今年のツアーのセットリストの最後にアッパーで力強い「FORTUNE」を持ってきたのも、明るい終わり方にしたいという戸塚くんの意向だったという。

ジャニーさんが亡くなった今年はジャニーズ事務所にとって非常に大きな年であったことは間違いない。けれど、それを悲しみの出来事として終わりにするんじゃない。真摯に、まっすぐに、そして光に向かっていける。「You...」の最後の彼らの姿について考えていたら、これまでの彼らのエンターテインメントを思い出した。

 

「叶えられるよ 僕らは」

あまりにも真摯に舞台の上に立って、そう歌い踊る彼らの姿が美しくて、次の章へと進む希望であり、未来だった。

 

(2019.10.23 一部加筆)